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Kanako Takayama

詳しいプロフィールはウェブサイトにあります。 1996年から2000年まで、GANZ PRIVAT という日記をつけていましたが、トラブル発生により停止。 この度、職員組合の委員になったので、組合の活動と共に、研究者・教員としての活動も期間限定でお知らせすることにしました。 ブログ初心者です! 本ブログは、京都大学職員組合のウェブサイトとは関係なく、委員長が個人で開設しているものです。 公式サイトはこちらです。 ※ 2013年7月からは「副」委員長になりました。

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2013年5月27日 (月)

学会無事終了

日本刑法学会第91回大会にて、
25日は午前中も午後も仕事があったのですが、
26日の担当用務は理事会のみでした。

午前中の個別報告では、
京大出身の若手研究者も2名が発表の機会を得ました。
私が指導教授だった方々ではありませんが、いずれもロースクールでの元教え子です。
報告お疲れさまでした、
また司会の先生方、質疑応答に参加された先生方、
ありがとうございました。

京大勢がなかなかの存在感を示してくれて、心強いかぎりです good

午後のワークショップでは、安藤泰子先生国際刑事法のセッションにお邪魔させていただきました。
Joint Criminal Enterprise と ICC の共同正犯論がとり上げられ、
大変タイムリーかつ充実した内容であったと思います。
ご発表の若手の先生方、コメンテーターの先生、ありがとうございました。
しかも、参加者も約30名と、いつもの倍sign01

お昼休みの女子会のほうも、直前の呼びかけにもかかわらず、
数十名の参加があったとうかがいました。
行きたかったのに行かれなかった
との声もありました。
次回も実施の方向だそうですので、今回おいでになれなかった方、
来年はぜひいらしてみてください

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私の体調を気遣ってくださった方が約2名いました。
心よりお礼申し上げます。

"Who killed Cock Robin?"
"I," said the Sparrow.

27日からは、色のついた服を着ます。

2013年5月26日 (日)

学会サプライズ

24日・25日と、1日で1000件以上のアクセスがありました。
表現の自由の関係で見てくださっている方が多いようです。
講演会には必ずしも人が押し寄せてはいませんが、関心をお持ちの方はたくさんおられるものと存じます。
インターネットで連帯するのも有意義ではないでしょうか。

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ユスティチア@中央大学多摩キャンパス

25日から刑法学会が始まりました。
私が発表を担当した分科会IIIは、例年それほど参加者が多くないのですが、
今回は100数十名も来ていただき、盛会でした。
みなさまにお礼申し上げます。

学会会場で意外なことが2つありましたsign01

ひとつめ、
平素私のお世話になっている某旧帝大のYS教授が、

ひ み つ の お か し

をくださいましたsign03

先週末の研究会でご一緒しました際に、
私が初めてこのおかしをいただきまして、

こんなおいしいおかし食べたことない!!
わーすごーい o(>∀<)o きゃー 狂喜乱舞

とただならぬ興奮状態に陥っておりましたところ、
見かねて
さらにお持ちくださったものです。

うれしすぎます crying

次の週末の研究会の際に、参加者の先生方と一緒に食べたいと思います delicious
ありがとうございました。

ふたつめ、
分科会終了後に、

元受刑者のための団体で社会活動をなさっている
という方から声をかけていただきました。

初め中大の学生さんかと勘違いして、失礼しました。

ここをご覧になっていないと思いますが、
もし、見ておられましたら。

ありがとうございました。
ふだん研究者や法曹関係者以外の方とお話する機会があまりないので、
うれしかったです。

そして、

がんばってください sign03

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2013年5月25日 (土)

5/26 学会女子会のご案内

24日にカウンターのアクセス数が10万件に達しました。
1日で数千件という日があったりしましたが、
いずれにしましても、お訪ねくださいました方々にお礼申し上げます。

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うつくしいな!ベニカミキリ@大阪国際大
アマガエルもいたのですが写真撮る時間なし

25日・26日は日本刑法学会第91回大会が中央大学多摩キャンパスにて開催されます。

24日は理事会でした。
しかし非常勤報酬を全額タクシー代に費消したにもかかわらず間に合わなかった。
ご迷惑をおかけしましたことをお詫びします。
TM教授も同じ目に遭っていました(一緒にいたわけではありませんがこんなことなら一緒にいればよかった)。
平日の半日を全部つぶすのは雇用者と学生に著しく迷惑なので、
開催時間の変更か、テレビ会議を提案したいと思います。
機会費用過多。

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26日昼休みに、後藤弘子教授の呼びかけにより、岩井宜子教授を囲んでの女子会員の集いが開かれるそうです。
日本刑法学会としては初めての試みです。
案内のチラシが会場で配付されると思いますので、みなさまふるってご参加ください。

Photo
後藤先生、ナイスデザイン!

私は理事会なので申し訳ありませんが欠席です。
盛会をお祈りしますsign03

luncheon.pdfをダウンロード

* tulip * tulip * tulip * tulip * tulip * tulip * tulip *

2013年5月21日 (火)

ハンス、死ぬな!!!!!

彼がどうして水にはまったのかも知る人はなかった。

Niemand wußte auch, wie er ins Wasser geraten sei.

- Hermann Hesse, Unterm Rad

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Wikipedia の写真

2013年4月21日 (日)

数日間お休みします

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葛野尋之先生からのいただきもの、
矢川緑地タンポポ

2013年3月11日 (月)

同僚ドイツチーム

8日夜に、コンラート・アデナウアー財団日本事務所の方々、ドイツの議員の方と、
うちの研究科の公法系スタッフ数名で、意見・情報交換の機会を持ちました。

アデナウアー財団は、法律だけでなく政治経済を含めた社会科学の分野に関して、
国際シンポジウムなどを企画・開催しているところです。

この度の会合は、具体的な企画のうち合わせではありませんでしたが、
ドイツおよび日本で現在問題となっているさまざまな公法関連のテーマについて、
話し合うことができました。

憲法改正や社会保障、地方自治、安全保障、人権保障などなど。
研究会のスタイルではなかったものの、勉強させていただきました catface

幸いなことに、同じ研究科の中には、
ドイツ法を研究している同僚がたくさんいます。
おそらく、全国の法学・政治学系の学科スタッフ数としては一番ではないかと思います。

そのため、今回は公法系でしたが、私法系を中心とする集まりでも、
すぐに数名がドイツ語で議論をしに出て行くことができます。
それぞれ少しずつ違う専門分野の仲間が揃えば、補い合って大変有益な話し合いが実現します。

京大は恵まれております。

この勢力を今後も維持できるよう、若手にも引き継いで行きますよ~ scissors
他大学との協力も進めます。
ドイツ法研究なら、ぜひ京大にご参集あれ sign03

Gekikarapngthumbnail2
からっキー
むこうし(京都激辛商店街
アントニオ猪木さんに似ている?

2013年1月29日 (火)

北川善太郎先生のご逝去

京都大学名誉教授の北川善太郎先生が25日に80歳で亡くなられたとのお知らせがありました。

お通夜・告別式は、近親の方のみで執り行われたとのことです。
また、ご遺族から、香典・供花の儀は固く辞退したい旨お申し出があったとのことです。

大変ショックです。

北川先生は民法の先生で、私が京都に参りましたときにはもちろんすでに名誉教授でいらっしゃいましたが、ドイツとの学術交流で大きな役割を果たしておられました。
西日本フンボルト会の会長もお務めになりました。
私もその関係で、いつもお励ましをいただいておりました。

北川先生は2009年までは国際高等研究所の副所長をなさっていました。
2008年に高等研テュービンゲン大学との法学シンポジウムを開催なさったときには、学問的なご指導をくださっただけでなく、事務的なことについても、私たち若手に温かいお心遣いをもって接してくださっていました。
テュービンゲンのシンポジウムとは、このブログの9/6の記事に書いたものと同じ母体の企画です。
2004年の回では、北川先生とドイツでもご一緒することができました。

私は刑法が専門ですので、自分の研究内容自体について細かいご指導をいただいたことはないのですが、
北川先生の学者としての卓越性は、お書きになったものを少しでも拝見すれば、専門外の者にも直ちにわかります。

私は東大にいたので、北川先生の講義を聴くことができなかったのです。
私も京大に行けばよかったのに、あるいは、

北川先生が東大にいらっしゃればよかったのに

と何度思ったことでしょう。

ともかく

いつまでもご指導をいただけるような錯覚をもっていた自分が悲しくなります。
本当に悲しいです。

ご闘病でお辛かったこととお察しします。
ご冥福をお祈りするばかりです。

自分たちはご遺志を継いで精一杯がんばらなければなりません。

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2013年1月 8日 (火)

欠礼のおわび

7日から急にたくさんのアクセスをいただくようになっていますが、
肝心の更新のほうがはかどっておらず、すみません。

短期的にも、長期的にも、たくさんの方々からご連絡をいただいているにもかかわらず、
きちんとお返事ができていないことがほとんどです。
この場を借りて、深くお詫び申し上げます。

短期的には、年末年始のごあいさつをいただいたのに返信ができておりません。
中には、贈り物を送付してくださった方もありますが、
しばらく東京におりましたために受け取りが遅れ、
受け取りをご報告するお知らせの督促をいただく始末です。
さらにお礼を申し上げるのも遅れております。

非短期的にも、
学界の多くの若手研究者の方々から、ご論文の抜刷をお送りいただいておりますが、
全くお返事を差し上げることができていません。
また、名誉教授クラスの大勢のシニアの先生方からも、お手紙やご論文をご送付いただいておりますものの、こちらにもほとんどお返事ができていません。
明文で返信を求められている場合にも、すぐにはお返事を差し上げられておりません。
誠に申し訳ございません。

これもひとえに、私の仕事遂行能力が小さすぎることに起因しております。
不徳をお詫びいたします。

仕事能力の急激な向上は望めませんので、
引き続き非礼の状態が続くことが予想されます。
心苦しい限りで、お詫びの言葉もございません。

2013年1月 7日 (月)

橫田喜三郎先生

冬休み中に親族に会う機会がありましたが、その中のひとりである叔父は、
創設されたばかりの国際基督教大学で、橫田喜三郎先生のゼミナールに参加したそうです。
故・橫田先生は、東大名誉教授でいらっしゃいましたが、ご存命中の1988年に、東大法学部の催しにご講演に来られました。

そのときのことが大変印象深かったので、私は、成城大学におりました時分、東大学生時代に参加した勉強会サークルである行政機構研究会のOB会誌に、下の文を寄稿させていただきました。

******************************
 駒祭の5日後に神田の学士会館にて法学部緑会大会が開催されており、<中略> 横田先生はすでに92歳で、次のような心に残るお話をなさいました。

 「1931年、満州事変が起こった。当局の発表は、『鉄道のレール数mの破壊があったため、日本は自衛権を行使し、2都市を占領した』というものであった。私は当時東大で国際法を教えていたが、東大新聞に意見を求められ、『たった6mの線路の破壊があっただけで、わずか6時間後に400kmも離れた都市まで占領したというのは、自衛権の行使といえるかどうか疑問を付す余地はある』と書いた。ところがその後リットン調査団により、レールは70-80cmしか壊されておらず、列車がその上を通過して定刻どおりに到着していたことが発表された。そのような経緯があり、あるとき行われた講演会で私は、だんだん興奮してきたため、右寄りの意見に混じって、『断じて自衛権などといえるものではない、明らかに違法である』と叫んでいた。これについて、右翼系の新聞を始めとしてかなり強い批判が起こった。
 そして私が仕事で上海に行っている間に右翼からの攻撃はますます激しいにものなっていったらしい。大学からは『今帰国するのは危ない、もう少し中国にいろ』と言われたが、帰国したいので出発することにしたところ、また大学から電報が来て、『今東京に来るのは危ない。少し九州に停泊していろ』と指示され、長崎にいた。しかしそうしてもいられないので、2週間位してこっそり東京に行くことにした。その際、県ごとに護衛の警官が代わる代わるくっついてきて煩わしいので、途中で煙に巻いて東京に戻って来てしまった。しかし、当分講義は再開できそうにもなかった。相変わらず右翼はすごいし、大学内部もこのとばっちりを受け、『横田め、言わなくてもいいことを…』という空気が濃かった。
 ようやく再び講義をすることになったのは3か月も後のことだった。私は複雑な心境で教室に向かった。25番教室に入ると、満席の学生たちの間から、割れんばかりの拍手が起こった。びっくりしている私が壇上に上ろうとするとき、もう一度大きな拍手があった。そのとき私は思った。『ああ、学生は本当に、素直な心で、正しいものを正しいとして受け止めてくれるのだ』と。これは私が長く教鞭をとったうちで最も感銘を受けたことである。どうかみなさんも素直な気持ちを持ち続けて下さい。」

******************************
* 駒祭=東大駒場キャンパスの学園祭である、駒場祭。
* 緑会=東大法学部の学生・教員から成る親睦団体。

* 25番教室=東大本郷キャンパスの法文1号館にあり、受講生の多い科目の講義が行われる大教室。

上の文章は、録音に基づくものではなく、当時大学2年生であった私が、メモとして残したものです。したがいまして、内容に変なところがあれば、私の責任です。

当時の橫田先生はかくしゃくとしたご様子で、現役の若い学生に対しても愛情をもって話してくださったのがうれしかったです。

2012年12月17日 (月)

斉藤豊治先生祝賀

16日に大阪にて、斉藤豊治先生古稀祝賀論文集献呈式があり、私も末席をけがさせていただきました。
心よりお祝いを申し上げます。

収録論文は30編あまり、お祝いの会の参加者は60名近くでした。
法学以外のご専門も含め、学界の各分野からの先生方、また弁護士など実務家の先生方、と幅広い顔ぶれでした。

最近は学界内でも自分は年齢的に若手ではなく中堅になったなと思うことが多いのですが、
今回は、先に古稀をお迎えになった先生方が何人もおいでになりましたのを始めとして、
シニアの方々が大勢いらしていて、40代以下は相対的に若手でございました。
学問的には、この世代もまだまだひよっこchickだと自覚する次第です。

相対的若手テーブルにも、国立大学教員が5名ぐらいいまして、
賃金削減退職金削減問題が関心の的です。

子育て真っ盛りという方々も多く、いきなりの理由のない収入減には、
みなさんとても困っておられますdown
どこに行っても、この話ばかり出ます。
こんな状態で新しい年を迎えるのは誠に不本意だといえます。

1412120201
赤坂見附

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掲載が遅くなりましたが、19日の京都大学職員組合ミニ講義のご案内をさせていただきます。

[ミニ講義]12/19(水)昼
「"戦時末期、米がなかったから芋を食べていた"という記憶は『正しい』か?
 ――第二次世界大戦期食料危機の実相――」

 野田公夫 氏(農学研究科/農学部支部)
  USTREAM 中継ch  http://mlec.kyodai-union.gr.jp

12/19(水)のお昼休みにミニ講義を実施します。今回は教育学研究科の野田公夫さんによる「"戦時末期、米がなかったから芋を食べていた"という記憶は『正しい』か?
 ――第二次世界大戦期食料危機の実相――」です。

 当日、会場(組合事務所会議室)で聴講を希望される方には、昼食弁当をご提供いたします。先着順で会場の席数分(15名程度)ご用意いたします。ご希望の方は組合事務所( office@kyodai-union.org 内線:7615)までお申し込みください。

 前回の小山哲さんの講義をはじめ、これまでのミニ講義の収録は次のURLから閲覧することができます。http://mlec.kyodai-union.gr.jp
………………………………………………………………

           昼休みミニ講義(第16回)

日 時:2012年12月19日(火)12:05~12:50 (講義時間12:10~12:45)

演 題:「"戦時末期、米がなかったから芋を食べていた"という記憶は『正しい』か?
     ――第二次世界大戦期食料危機の実相――」
講 師:野田公夫 氏(農学研究科教授/農育学部支部)

会 場:組合事務所 会議室

中 継:2012年12月19日(水)12:10~12:50 下記URLにて配信
    http://mlec.kyodai-union.gr.jp

講義概要:
 第二次世界大戦期が国民的な食料危機の時代であったことは、誰もが知っている事実であろう。たとえば、次のような見方([1][2][3][4])は、かなり一般的な「常識」かもしれない。
 [1] 日本は戦時体制突入とともに全力をあげて食糧増産にとりくんだ。
 [2] しかし、労力も資材も不足をきたしたため十分な成果はあがらず、生産の減退を余儀なくされ、その結果食糧事情は悪化した。
 [3] さらに、戦争がすすむにつれて主食のコメも手に入らなくなり、やむなくイモばかり食べていた。
 [4] こうして、食糧危機は戦時体制最終盤にはピークに達した。
 しかし実は、このなかで「正しい」といえるものは一つもない。
 何がどう間違っているのだろうか? 一つ一つを検討しながら、
 日本における戦時下食糧危機の実相を考えたい。

講師プロフィール:のだ きみお
 1948年名古屋市に生まれる。
 京都大学農学部卒・同大学院修了。島根大学農学部講師・助教授を経て、京都大学農学部助教授・教授、農学研究科教授、現在に至る。
 専門は、近現代日本農業史・比較農業発展論。
 近作として野田公夫『歴史と社会 日本農業の発展論理』農山漁村文化協会・2012年6月、同編著『農林資源開発史論』I.II京都大学学術出版会2013年2月(予)
 京都大学職員組合農学部支部 支部長などを歴任。