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Kanako Takayama

詳しいプロフィールはウェブサイトにあります。 1996年から2000年まで、GANZ PRIVAT という日記をつけていましたが、トラブル発生により停止。 この度、職員組合の委員になったので、組合の活動と共に、研究者・教員としての活動も期間限定でお知らせすることにしました。 ブログ初心者です! 本ブログは、京都大学職員組合のウェブサイトとは関係なく、委員長が個人で開設しているものです。 公式サイトはこちらです。 ※ 2013年7月からは「副」委員長になりました。

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2016年8月15日 (月)

記憶喪失になった少年

「消え去った記憶」
    村上敏明(満州引き揚げの経験者)

「級友の九州にいる『小林』に改めて電話にて確認する。7月のあの日僕が、『家に走って来た。泣きじゃくりながら語っていた』と彼は言う。

1946年の夏・7月、妹フミコ1歳の死を。多くの人がフミコを囲み、見つめていた。母がフミコを抱いて、僕が透明の水薬をフミコに飲ませた。黒い瞳がジッと僕を見つめ、息を引き取った……と、小林は聞いたと。

妹フミコは」「長旅は無理と判断されたか、死が近いと宣告されたのか」。

「弟にも聞く。」「弟は答える。
『妹フミコは透明の液体の薬を飲まされた すぐ後に死んだ』と。

「小林は、母のその後のことを気にしてくれていた。」「荷車の上に寝たままだった母を思って小林は心配していた。
僕はこのことを全く記憶していなかった。
母が、歩けなかったことを。」

「母の死。菇蘆島では病院に母は収容され、僕が介護した。ある日医者の指示で僕が飲ませたのは、いつもと違う粉薬。その時、母が口から泡を吹きだしたのは、はっきり記憶している。」

「いくつもある土饅頭のひとつになってしまった母。」

 

(出典:旧満州・四平小学校同窓会記念誌(2010年8月発行)
中村純編著『憲法と京都』(2016年1月)に収録)

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